ここはたのしいホスピタル

よろしくお願いします。文章書くのが好きです。

0601

一か月ぶりくらいに書きます。

四月末、自殺しようと海に飛び込んでから、大学の先生たちがくれた希望のおかげでなんとか就職活動に励みました。

そして採用され、一か月間働きました。

まだ働き始めで動きはとろいし、トークも下手で毎度ダメだなあと思いますが、それでも朝起きて、向かうべき場所があって、自分に出来ることもそれなりに増えてきて、仕事もそこそこ振ってもらえるようになりました。

 

医療職なのでユニフォームがあり、更には半そでなので腕にある無数のリスカ・アムカ跡を隠そうとファンデーションテープという肌色の保護シートを貼っていたのですが、かゆくて傷口がテープの内側で膿んでしまい、またテープをその上から貼ってさらに傷口が悪化する、という悪循環が生まれました。

なので最近は長袖をユニフォームの下に着てやり過ごしてます。

 

やりたいとか向いてるとか、今の仕事について私はそういうことは感じられません。

ですが患者さんはお金を払って処置を受けに来ているし、雇い主からお給料をいただいているので真剣に取り組んではいます。

仕事は行けばいいだけ、だからそんなに気負うことはないと誰かが言っていて、確かにそうだなあと思います。

先輩やスタッフさんはいい人だし、居心地も悪くないです。

 

よくあんな状態から今までもってこれたなと感じています。

死ぬという私の本質的な望みは遠く、生きるのも死ぬのも諦めてしまっているからでしょうか。

私はこの先、なんらかの期待や希望を自ら持って生きていくことは今のところは出来そうにありません。むしろ、それでいいのだと思います。

感じるだけ、考えるだけ意味の無いことだし・・・

取り合えず、自分で稼いだお給料をはやくもらいたいですね。

 

あと、父親の基地外度が上がりました。

よく怒鳴りちらすようになりましたし、あとは水道代とか電気代を自分のぶんしか払いたくない、みたいなことを言ったらしく、結局は食費は私たちと父で別に払うことになりました。

まあ要するに、私たちを養う義務をもう放棄してしまったという訳です。

自分のお金はしこたま持ってるんですよ。だってギターやらなんやらがいっぱい部屋にあるし、しょっちゅう遊び歩いてるし・・・

なんであんなクソ野郎と結婚したのか、本当に私の母親は人を見る目が無いんだなと思いました。

母親は父の話となるとよく「私って人を信じやすいの~」とか「父親がいなかったからそういう感覚がわからない」とか的外れなことばっか言っていて、この人もダメな大人だと落胆しています。

ダメ男が好きで結婚するのは別に勝手にしろって感じなんですが、その間に生まれた子供がどんな思いをするかなんて考えもしないんでしょうね。

そんなこんなで姉と母は口論したらしいです。裁判に訴えるべきとかどうのこうの。

この家は本当全員おかしい。私含め、未発達な人間ばかりで、どうしてこうなったんでしょう。

 

とりあえず、お給料入ったら心療内科行きたいな・・・

 

 

 

 

 

0430

こんばんは。結構久々に書く気がします。

とりあえず職に就くことが出来ました。

ご縁があった所に行くのがいいんでしょうし、所属が無いことに居心地の悪さもあったので明日から頑張ってみることにしました。

 

それと、一つ歳を取りました。

誕生日までに死ななくてはと思っていたのに、失敗してのこのこ帰って来てしまったからには前に進んでみるしかないんだろうと思います。

ただ、自分が生きていることって、とても気持ちが悪いというか、違和感があるような気がしてならないんです。

私の役目は終わっているのに、どうして生きなければならないんでしょう。

何の病気や事故にも合わなければ何十年も生きなければなりません。

命を誰かに渡せるシステムがあったら良かったんですけどね。

生きる希望とか、未来とか、そういうのがちゃんとあって、意志がある人に私の時間をあげられたら、それなりの社会貢献になれたんだけどなあ、とかしょうもないことばっかり考えています。

近い将来、あったらいいのになあ。

 

0420

あれから少し日が経ちました。

お借りした洋服や靴を返しにもう一度大学に行ったところ、先生方が色んなアイディアを出してくれました。

大学に向かうまでの道のりがすごく遠くてしんどくて、家を出てからずっと、私は家族を殺す妄想をしていました。

私が死のうと本気で思ったのを、パフォーマンスじみている、演技がかっていると言ったり、私には構っていられないと軽んじたり、

あの人たちは私を舐めているんだなと思いました。

私だったら、海に飛び込むぐらい追い詰められた人間が家にいて、更に自分たちを恨んでいると分かったら、怖いと感じてしまいます。

また、苦しいのより痛い方が、ずっと楽だなと気付きました。

だから私は、痛い方を選んで、腕を切ったりしていたのだと分かりました。

分かったところでどうしようもありませんけど、やりたくなくてもまた切ることに頼るしかないのかな、とも思い大学に向かいました。

 

先生たちは本当に親身になってお話を聞いてくれて、私が家を出た方がいいと感じたことに対し、取り合えず三か月くらいで三十万を貯めて、大学付近であれば学生街なので家賃が安いのでその辺りで住んで、それまではバイトをしながら正社員の為の就活も合間にするのがいいんじゃないかという話になりました。

明確な目標が無かった私に、それは希望になりました。

さらに、正社員になることが不安だったとも言っていないのに、その案が出て、この人たちは私に無理がないようにと思って色々考えてくれているんだと思いました。

 

お話している間は楽しいのに、頑張って働こうと思って面接を入れて出かけてなるべく家に居ないようにしていても、胸に空いた穴が埋まらなくて、ふとした瞬間に大きくなって、不安が押し寄せて、起こっていないことまで色々と想像して、頑張りたいのに怖くなってしまいます。

私が正社員にならずにバイトを選んだらきっと怒ると、ましてや専門外の仕事を選んだらせっかく就活代をあげたのにと怒られそうと感じてしまいます。

誰も怒ってなくても、そう感じてしまう自分がまたいやになって、どうしてこんな罪悪感に駆られて生きなければならないのかとも思いますが、全部自分が悪かったのだと思うことに帰結してしまって、どうしたらいいか分かりません。

 

メールでカウンセリングも受けていますが、結局最後にはゆっくり眠って下さいということにしか行き着かず、ゆっくり眠っていたら怠けていると思われそうで怖くなります。

この家は家族というより、会社という言葉が当てはまります。

システムに反する人間は順応できるまで調教されるんじゃないかと、思ってしまいます。

明日が来るのが怖いです。

 

0418

昨日海に飛び込みました。
しょっぱくて冷たくて、海に入ったの久々だなあとか呑気なことを思いました。
それも一瞬で、足が着かない所まで行ってみたはいいもの思ったより上手く体が沈まない。

気付いたら陸まで何とか戻ってきてしまいました。この間およそ3分もしてなかったと思います。
一回上がるともう一回行かなきゃ、死ななきゃと思うのに決意が鈍り、砂浜でどうしようどうしようと思っていたら雨足がどんどん強くなって只でさえ全身海水浸けなのに雨に打たれてどうしようもなくて、泣いても現状は変わらないし、でもこのまま帰ったら明らか不審者だし………
たまたま大学近くの海に来ていたので、ご迷惑お掛けして申し訳ないと思いながらも、先生方に助けを求めてしまいました。

何となくで入った筈の大学でしたが、先生方がいい人ばかりで本当に救われました。
迎えに来てくれて、服を貸してもらったり、温かい飲み物を入れてお菓子までくれて、私の話をじっくり聞いてくれました。
病院に行って話を聞いてもらえるかまで聞いて下さって、曰く親と一緒に話を聞くのが良いとのことで、親に連絡をして、病院にも一緒に行ったりした方が良いんじゃないかと提案してくれました。

親とはまだ何も話してませんが、地元へ迎えに来ていた姉には顔を合わせて早々蹴られました。
別に、私が嫌いで言ってる訳ではないと思います。
でも、そうやって死のうとしたりして楽しい?あんたって本当ガキだね、死ねなかったら先生達に助け求めて甘えるんだもんね、と言いました。
思いやって言ってくれてるにしても、傷付きました。
そんなこと言われたら、何も返せない。
私達は普段あまりプレッシャーにならないように触れないようにしているのに、それ以上どうしたらいいの?そんな不満なら家を出な、とも言われました。
ああ、やっぱりダメだったか。
私の命1つ掛けても何も変わらない。

もちろん、そういう言葉ばかりではなく、私に居なくなれだとか死ねとかは思ってない、みたいなことは言ってました。

何をやっても駄目ですね。
死ぬことも生きることも出来ないくせに、そんな奴が理解されようだとか思うなんて馬鹿な話でした。
私が悪いと謝り続けます。
家族には2度と理解してもらおうだなんて思いません。
私が家族を悪者にしたからいけなかったんです。
全部私が悪かったと、言わなきゃいけないんです。
誰かを頼るのは甘えで、子供のすることなんです。
早く大人になって自立して、甘えないで、みんなつらいんだから私も耐えて、耐えて、頑張って、生きて、私が悪者で、それで、それが普通で、全部私が悪かった。
所詮かわいそうぶってるようにしか、映らないんです。

0417

言葉にするのも難しい

胸のあたりが息苦しい 重い

どうしたらいいかわからない

 

0416

最近なかなか夜寝つけなくて、起きるのがどんどん遅くなっています。

元から父親譲りの不眠の気はあるんですが、どうもヘンだな・・・と。

胸の真ん中にもやーっとした何かがじわじわ浸食して不安になる感じ。

昼夜問わず気分が塞ぐし、なにかある訳でも無いのに突然泣き出すし・・・

 

自分は三年前くらいに心療内科に行くこと、さらにカウンセリングを受けることを決意し通っていたのですが、数か月としないうちに行かなくなりました。

心療内科に行って診察を受ける間、「ほかの患者さんがたくさん待ってるのに、私なんかに時間を掛けていてはいけない」と謎の思い込みをして手短に済ませ、薬を貰って帰るようになりました。

始めはちゃんと色々話せていたんですけどね。

薬を貰うだけで、ちゃんと話を聞いてもらえないなら無駄じゃん、と私は行かなくなりました。自分の思い込みのせいだとは分かってるんですが、どうもその思い込みは消えませんでした。

それで、当時は医者から「どういう病気かは分からない。統失かも?」と言われてはいましたが結局私はメンタルの病気なのか何なのかすら分からず、今も尚よく分からん不安と焦燥と虚無に包まれ生活しています。

カウンセリングも始めは大丈夫でした。先生も信頼していました。

信頼していた故に裏切られた、自分の想いを否定された時はガーンとショックを受け、持っていたペンを床にブン投げて泣きわめき、ごめんなさいとカウンセリング代を渡してカウンセリングの終了時間前(と言うか来て十分と経ってないくらいに)に部屋を出て行きました。

で、カウンセリングの先生曰く、私は乖離?という状態になることがあるそうで・・

自分が何かしたいとか、言いたいとか意志はあるのに、体は動かないし話せない。言葉も出てこない。ひたすらに頭が真っ白になる。

それを乖離というらしいです。

それが一体何なんだ・・・とその謎も解き明かされることなくカウンセリングも止めてしまって、今はメールカウンセリングを利用してます。

 

でも、心療内科にもまた行った方がいいのかなと思い始めました。

とにかくこの、ものすごい虚無感と意味不明な怠さ&悲しさみたいなのを何とかしてほしい。

今なんかメチャクチャいい天気で普通なら爽やか~~~と感じるのでしょうが、私は「まぶしい・・・疲れる・・ムリ・・・・」と帰宅するなり横になってしまいました。

部屋にこもってばかりの私を心配して外出を促してくれた母には申し訳ないですが、その元気には付いていけなくて、若々しく生き生きしている母を見ていると「私の時間をこの人にあげた方が、ずっと価値のあるものになるのに」と思います。

友達がいっぱいいて、社交的で、話すのが上手くて、快活で、何でも出来て・・・・

私はポンコツでイカれたファンキー父親よりの血筋が濃いし、そもそも違う人間なんだから姉や母のような一日一日をフル馬力で走り抜けられない。

私のペースで生きていきたいけど、どうしたらいいものか。

とにかく、働く先を見つけないとどうにもならないし、何とか、やってみなきゃなあ。

 

0413

こんばんは。

今日はいいことがありました。

死ななくてよかったと思ったのはこれで初めてかもしれません。

それぐらい喜ばしいことです。

何があったかと言うと、自分は今大学をなんとか卒業したはいいもの就職にありつけていない状態でして、見学したり面接したりしたのですが、面接を受けたところ落ちました!

診療所の面接って・・・落ちるのか・・・

というのが私の感想でした。

そのへんの小さな医院だったら受かるだろ!イケるイケる!と思っていた自分の甘さにもビックリでした。

そんでもってその通知をきっかけに私はとうとう口にしました。

 

長年言えなかった自分の気持ち。

やりたいことも特になくて、何となく受かってしまった医療系の大学に進んでみて色々やって思ったのは、私は多分この仕事向いてないし、今のところやる気が全く出ない。

見学先で何故か泣きそうになって、私は何やってるんだろう、こんなことなんも面白くもなさそうだしやりがいとかあんのか?とぐるぐる考えて、虚しくて、死にたくなって。

とにかく自分が空っぽで、なんも無い。それが怖い。

でも死ねない。

そんな悲しさでいっぱいになった私は、おずおずと切り出しました。

正社員じゃないと駄目なのか。というかそもそも私はこの仕事をやらねばならないのか。

結構自然と言えて、おお、すごいじゃんわたし、と思います。

母はせっかく資格取ったしもったいないから頑張れと、私だったらもっといろんなところに履歴書を出すと言いました。

いや、違う。そうじゃない。そういうことじゃなくて。

勿体ないのは分かる。でもなんか、私には別にやるべきことというか、何かがある気がする。コレジャナイ感が半端なくて、本能的な違和感みたいなのがあるんだよ!

とは言えず、でも私だってもう大人なんだから、自分で決めていいよね?と返します。

すると母はまあ・・・みたいな感じで言って、もし迷っててリミッターを掛けていいならなどと何か恐ろしいことを言い出しそうな予感がして、咄嗟に私は止めてと言いました。

あ、また言えた。止めて欲しいこと、止めてって言える。すごい。

よく分からないけど、今日の私はすごかった。自分の気持ちを言うことに恐れが無かった。

そこでその話は終わり、数十分後くらいになって母が、

まああんたの人生なんだから、好きにしな

というような旨のことを言いました。

 

その言葉を待ってました。

あの自傷行為に走った日から、ずっと、ずっと、ずっと、あなたからその言葉を待っていた。

お母さんにそう言われなければ、私は後ろめたさを引き摺ってこの先生きねばならなかった。一生恨んで生きていくことになっていた。

良かった。

そうか、これを見せたかったんだ。これを聞かせたかったんだ。

私に生きてていいって、知ってもらいたくて、あの海は私を帰してくれたんだ。

もう死ななくていい。

私はもう、自分を殺さなくていい。

自分を傷つけなくていい。

生きててもいいんだ。

私は、自分を生きていても大丈夫なんだ。

 

後々母の気が変わったとしても、今日のことは忘れません。

たった一度きりでも、そう言ってくれたなら十分です。

 

頑張ってみよう。

ゆっくり、自分のペースで。

いつかあの場所へ、あの人たちへ、ありがとうって言いに行けるように。

頑張ってみます。